世界のバイオベンチャー

日本はアメリカに20年の遅れ

日本のバイオベンチャーの数が本格的に増え始めたのは、1999年に産業活力再生特別措置法(通称:日本版バイ・ドール法)が施行されて以降です。この法律によって、公的資金によって産みだされた大学等の研究成果・知的財産(特許)が民間企業に移転しやすくなり、大学発ベンチャーの設立が活発化されました。

米国では、日本に先行すること約20年、1980年に「バイドール法」(1980年アメリカ合衆国特許商標法修正条項の通称)が制定されています。この修正条項により、米国政府の資金によって大学が研究開発を行った場合に特許権が政府のみに帰属していた制度から、大学側や研究者に特許権を帰属させることが認められる制度へと移行しました。当時、日本はJapan as No.1と言われるほどの勢いで経済成長をしていたわけですが、今振り返ってみると、知的財産を活用した国力強化策という点では20年の遅れをとってしまったわけですね。


AmgenとGenentechに代表される米国バイオベンチャー

米国のバイオベンチャーの歴史も、日本より20年程度は先行していると思います。米国の代表的なバイオベンチャーとしては、AmgenとGenentechが挙げられます。Amgenは1980年、Genentechは1976年に設立された企業です。両者とも当時発明された画期的なテクノロジーである遺伝子組換技術を活用し、AmgenはエリスロポエチンやG-CSFといったタンパク質医薬品、Genentechはインスリン、ヒト成長ホルモンといったタンパク質製剤や抗体医薬品の製品化に成功しました。AmgenやGenentechは今や大手製薬会社といえる規模にまで成長しており、バイオベンチャーの先駆けであり大成功例であると思います。

また、2000年前後、ヒトゲノム配列解読が話題となった時代には、Celera、HGS(Human genome science)、Millenium、Incyteなどの遺伝子解析ベンチャーが名をはせました。最近でいえばRNAi創薬を手がけるAlnylamなど、米国では常に時代を先行するバイオベンチャーが産まれる土台ができています。むろん成功したバイオベンチャーの影には多くの失敗したベンチャーもあるわけですが、米国ではある程度コンスタントに製品化に成功するバイオベンチャー、製薬会社によるM&Aの対象となるバイオベンチャーが産まれてきていると思います。

20年の差があるわけですから、日本が一足飛びに米国に追いつくのは無理でしょう。しかし、日本の大学等に眠っている研究成果の質は世界でも有数であると思います。今後、人材の育成や資本市場の整備をいかに早く進めるかが、日本の掲げる知的財産立国という目標を達成するための鍵になるのではないでしょうか。